日本酒本の陥穽
今月は日本酒本を3冊まとめ買いして、立て続けに読んだ。まずは「うまい日本酒はどこにある?」(増田晶文、草思社)の感想から。
例によって記述の正確度チェックから。「並行複発酵で醸す酒は世界でも日本酒だけだ(※1)」「大多数の酒が酒造好適米で醸される(※2)」等々の間違いが散見されるが、業界人ではないライターによる日本酒の本としてはかなりマトモ。実際、醸造試験所(現在は酒類総合研究所)や国税庁・ナショナルブランド(灘・伏見の大手)の関係者を除くと、基礎的な知識に関し、聞きかじりの知ったかぶりで済ませる筆者が多いのが日本酒の本の特徴だが、この程度なら最優秀の部類に入る。
内容は、地酒蔵・ナショナルブランド・酒販店・飲食店‥‥ と日本酒に職業的に関わる人々の話を数多く聞きながら、日本酒復活の手立てを探っていくというもの。日本酒の危機的状況を分析し、それに立ち向かう者達のルポルタージュの部分は読みごたえがあるし、この手の内容の本では珍しく、ナショナルブランドの言い分まで公正に伝えようとする姿勢にも好感がもてる。さらに、p.141 の記述、
静岡といえば『開運』『国香』『初亀』『磯自慢』『喜久酔』‥‥
と、メディアに取り上げられる機会の多い「静岡吟醸の四天王」に伍して、しかも「磯自慢」を差し置いて二番目に國香を紹介しているところもチョベリグ~♪(爆) ただし、『国香』は『國香』であるべきだし、『初亀』の振り仮名も「はつがめ」ではなく「はつかめ」であるべきだ。
それにしても「小夜衣」の森本社長(本書では杜氏とされている)が出てくる、入野酒販も出てくる、とおるちゃんまで出てくる、とまぁ親近感を覚えます(笑) (そういや、今日はえび蔵さんが借り切っていたよなぁ、とおるちゃんのお店。行きたかった‥‥)
閑話休題。
本書の問題箇所は、結語たる「日本酒復活への道」とあとがきだろう。ここへ来て、それまでのルポルタージュの価値を減じる、抽象的で陳腐な内容に堕ちているのだ。何のためのルポルタージュだったのか‥‥ 参考にしたという文献が悪いのかもしれないが、聞きかじりの怪しい論もみられる。途中でも先入観らしきものが文章に浮かんだり沈んだりしていたが、それが取材を経ても修正されず、結語として最後の数ページで噴出している。ここで私の評価は2段階ほど下がってしまった。なんのための取材、インタビューだったのだろう。勿体ない。
ところで、筆者が参照したという2冊はこれだ。
「純米酒を極める」(上原浩、光文社新書)
「決定版日本酒がわかる本」(蝶谷初男、ちくま文庫)
わかる人にはわかるだろうが、興味深い組み合わせだ。天麩羅と西瓜を食べ合わせるようなもの、とも言える(笑)。この2冊に
「問題の酒 本物の酒」(大嶋幸治、双葉社)
を加えると、私の認定する「日本酒の素人、あるいは初級マニアが読むと、効能より毒の大きい日本酒本トップスリー」になる(爆) この3冊、筆者のスタンスが「ファクトより持論を強調」であるところが共通しているが、肝心の持論は三者三様である。特に「日本酒はすべからく純米酒であるべし」を基調とする「純米酒を極める」と、「アル添にあらずば吟醸酒にあらず」を基調とする「決定版日本酒がわかる本」のスタンスの違いは決定的で、かつ、どちらもその感染力が強烈だ。この2冊の一方から入った初級マニアは先入観にとりつかれるだろうし、両方を並行して読んだら、こんどは分裂症になりかねない(笑) 「どっちを信じればいいんだ~?」と。
日本酒に興味をもった人が最初に読むべき本は、公務員たる醸造研究所や国税庁の関係者、あるいは醸造学の専門家(大学教授など)の手になる、教科書的な本にすべきだ。凡庸で浅薄に見えても、中立的で視野の広いところは後々ためになる。逆に、エキセントリックで面白い日本酒本には、上述の通り大きな陥穽がある。「うまい日本酒はどこにある?」にも初心者にとっての陥穽があるし、その前に、本書の筆者がその陥穽に嵌っているようにも見える。
註:
(※1)中国の黄酒(紹興酒など)や朝鮮のマッカリも並行複発酵。
(※2)酒の原料米に占める酒造好適米の割合は3割以下で、7割強は一般米(飯米)。
本館サイト: http://www.dd.iij4u.or.jp/~kshimz/ E-Mail: kshimz@dd.iij4u.or.jp
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