くどいようだが、今日もまた蝶谷初男氏の著書『うまい日本酒に会いたい! そのために知っておきたい100問100答』(ポプラ社、ISBN: 4-591-08389-6、2004年12月発行)の「トンデモ記述」の紹介である。気がつけばもう7回目である。しかるに、今回でまだ記述の15%しか到達していない。どこまで続くぬかるみぞ‥‥、の気分である(苦笑)
ところで、個人的に多大な示唆をいただいている鮭野夢造さんは、「辛口批評・バックナンバー」のページで蝶谷氏の前著「決定版・日本酒がわかる本」を評して「他の酒関係の書物に書かれていることを丸写しにした部分はさほど間違えがないので、初心者向けに優れた本だと勘違いされている方が多い。しかしながら、著者が主観で述べた(と思われる点)は致命的なミス(というより、頭の悪さをさらけ出している)が多数存在する。」と指摘している。
たしかに、今回は100問100答のうち11問め以降の記述が対象となるが、ようやくマトモな記述が増え、間違いのない Q & A も出てきた。これは鮭野さんの指摘通り、マトモな文献からの丸写しの記述が増えてきたということだろう。最初は頑張ってオリジナリティを発揮した結果、トンデモな記述が多かったのが、だんだんと手抜きになって丸写しに頼るようになってきた、ということなのだろうか。
というわけで、例によって『うまい日本酒に会いたい!』の記述を引用し、それに批判を加えていきたい。今回は Q.11~Q.15 が対象だ。
お酒造りには現在、縦(竪)型精米機という精米機が使われていますが、お米の不要部分を削っていくロール(砥石)が縦に取り付けられていることからその名前があります。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.53)
精米機で世界のトップシェアを誇るサタケ(旧・佐竹製作所)の佐竹利市が考案した竪型精米機は、砥石(金剛ロール)を縦軸に(垂線を軸に)回転させて米の外周を削るものである。「砥石を縦に取り付けた」では、読者は見当がつかないのではないか。
お米を精米することを別名、「精白」ともいいます。読んで字の如く、お米の不要部分を削っていくに従いお米は徐々に白くなってくるため、その様を見てのことです。
現場では通常、どちらの言葉も用いられていますが、精白といった場合どちらかというと“お酒造りに対する思い”が感じられ、感情を伴って聞こえます。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.55)
考えすぎだよ。(← 日垣隆ふう 笑)
そんな感情移入をするから、「精米歩合」と「精白歩合」の高低を混同するんだよなぁ、蝶谷氏は。小学校レベルの算数ができない理由は、ここにあるのかしらん。(詳細は後述)
食料米の場合は、デンプン含有量も少ない上に米粒のあちこちに散らばっているため、どこまで削ってもデンプンだけというわけにはいかず、よって質の高いお酒にはなりにくいのです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.56)
どうしてまぁ、こんなウソを次々と書けるのか? まず、食料米のデンプンは「米粒のあちこちに散らばっている」わけではない。米の胚乳の中心部はデンプン貯蔵細胞といって、品種によらずデンプンが集積されている部分である。「どこまで削ってもデンプンだけというわけにはいかず」は噴飯ものの記述である。誰に聞いたのか、あるいはまた脳内妄想なのか、小一時間ほど‥‥ (以下省略)
ちなみに、国税庁醸造試験所(現 独立行政法人 酒類総合研究所)では食料米の日本晴を使って大吟醸の仕込みをくり返し行った結果、「50%程度まで精米すれば、食料米でも酒造好適米に匹敵する酒を造ることは可能」と結論づけている。とはいえ、同じ研究グループが「日本晴と比較すると、山田錦のほうが(価格以外の)いろんな面で優れている」とも言っているのも事実であるが。
精米歩合はお酒の種類(後述)によって決められています。数値が低ければ低いほど、精米歩合は“高い”、反対に数値が高ければ高いほど精米歩合は“低い”ので、その点ご注意ください。当然ながら、精米歩合の高いものほど良いお酒となります。(『うまい日本酒に会いたい!』 p.56)
ここは誤用の流布である。蝶谷氏と同じ意味で精米歩合の「高い・低い」を喋っている人は、お酒の業界にもかなりいる。しかし、それはあくまで誤用である。算数で「歩合(割合)が高い」のは数値が高いほうで、逆の「歩合が低い」のは数値が低いほうに決まっている。これは小学校レベルの基本である。日本語の基本と言ってもよい。これに反する表現は、例外なく誤用なのである。
ちなみに、日本醸造協会で頒布している酒造教本など、記述の正確な本では、精米歩合の数値が低いほど精米歩合が「低い」、数値が高いほど精米歩合が「高い」と表現している。蝶谷氏の説くところの逆である。しかし、正確な表現を用いた場合、精米歩合と出来上がる酒の質とは逆になる。この混乱を防ぐためもあって、残った米の割合(歩合)を表現する精米歩合ではなく、削った米の割合を表現する精白歩合を使って表現することが多いのである。精白歩合で語れば、「高精白であるほど酒質もよくなる」「低精白の酒はよくない」、と直截的に理解しやすい表現になる。
蔵に行く機会があり、そこで精米歩合の説明を受けたら、“それは真精米歩合ですか?”と、一度お聞きになってみては如何でしょう。その蔵の熱意を見るひとつの方法です(ただし、さり気なく聞いてください)。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.61)
きっと蝶谷氏は行く先々で「嫌味な客だな」と思われていることだろう。
同じ事を聞くにしても、“重量精米歩合ですか?”と聞いたほうが、角がたたなくていいのでは。真精米歩合で計測している蔵なら「よくぞ聞いてくれました」とばかりに真精米歩合の説明を得々としてくれるだろうし、そうでなければ「はぁ、そうです」とさり気なく受け流すだろう。
よって、精米が終わったお米は袋に入れて倉庫の中で十分に冷ますことになります。(中略)お米を冷ますことを「放冷」というのですが、放冷期間が終わりお米が落ち着いてくると、いよいよ本格的なお酒造りの工程へと作業が進んでいきます。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.63)
たしかに熱をもった物質を冷ますことを一般的には「放冷」というが、酒造においては「放冷」といえば第一に蒸した米を冷ますことを指し、精米後の米を冷ますことは「枯らし(枯らす)」と表現するのが通例だ。
普通酒用などのお米は機械で、吟醸酒用のお米は10kgぐらいずつ小分けにし、水の流水圧を利用して手作業で丁寧に洗います。この時、水温はだいたい5度前後という冷たさです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.63)
蝶谷氏が明示的あるいは黙示的に書く「ふつう」「一般的」は、時おり、「菊姫」の菊姫合資株式会社でのスタンダードであって業界一般では少数派のケースがあるので注意が必要だ。たぶん、この記述もそう読むべきだろう。
業界一般では、洗米および浸漬時の推奨水温は10℃~15℃である。また、洗米時に使用する水は重量比で米の10倍~100倍と大量であり温調コストが馬鹿にならないので、地下水を使用する場合、たいていの蔵では汲み上げ温度のままで使っている。西日本や東海地方では大吟醸を仕込む寒い時期でも水温が10℃を超えることは珍しくない。水温がこれより低いと、米との温度差が大きくなって米が破砕しやすくなり、また吸水時間が延びるなどの問題がある。しかし、気候によりどうしても低温にならざるを得ないケースもある。
水を吸わせる作業を「浸漬」と呼びます。(中略)当然ながら、精米歩合の高いお米は水分の吸収も早く、また量も多くなるため、秒単位での浸漬作業が必要となります。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.63)
なぜ「当然ながら」なのだろう? (イケズな質問‥‥ 笑)
吟醸酒などは「甑」という、大きな釜を使って大量のお米を蒸すのですが、一般的には自動蒸米機という機械が使われています。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.63)
「甑」は釜ではない。釜の上に据える「桶」だ。また、一般的に使われている、米を大量に蒸すための機械はふつう「連続蒸米機」という。「自動連続蒸米機」や「連続自動蒸米機」と名づけられた機種もあるが、たんに「自動蒸米機」と記述されることは稀である。
‥‥まだまだ続く(笑)
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