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2005.02.28

「トンデモな」日本酒本の批判、第13回

 すでに13回目の、蝶谷初男氏の著書『うまい日本酒に会いたい! そのために知っておきたい100問100答』(ポプラ社、ISBN: 4-591-08389-6、2004年12月発行)の「トンデモ記述」の摘発である。今回は100問100答のうち40問め~42問めの記述が対象で、テーマは「純米酒」「吟醸酒」になる。

 例によって引用部は『うまい日本酒に会いたい!』の記述である。

 ところで、純米酒の規定は次のとおりです。

 ●純米酒‥‥白米、米麹、および水を原料として製造された清酒で、香味および色沢が良好なもの(麹米使用割合が15%以上)

 純米酒の規定はたったこれだけ。この規定内で作ればラベルに「純米酒」と表記することができます。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.138)

 特定名称酒の要件を定めた「清酒の製法品質表示基準を定める件」(国税庁告示)の重要な通則があえて見落とされているような気がする。それは「白米とは、農産物検査法(昭和26年法律第144号)により、3等以上に格付けされた玄米又はこれに相当する玄米を精米したものをいうものとする。」という事項だ。

 長年、普通酒だけが幅をきかせていたお酒の世界。我々消費者もそれだけがお酒と思い、甘かろうが辛かろうがその味しか知らなかったわけです。そこに、まるでフルーツのような爽やかな香りと、えも言われぬ味わいを持った吟醸酒が登場しました。初めて飲んだときは、かなりのカルチャーショックを受けたと思います。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.141)

 「カルチャーショック」をこういう文脈で使う物書きを初めて見た。一般的には、カルチャーショックとは「異文化に接した時に起こる不安、ストレス」のことを指すのだが、蝶谷氏は吟醸酒に接して精神の平衡状態を失ったのだろうか? また、吟醸酒を一杯飲んだだけで、「吟醸酒文化」の異文化性を認識しえたのだろうか? 文章のプロたるもの、もうちょっと言葉に対する感覚を磨いたほうがいいと思う。

 実際には醸造アルコールを添加した吟醸酒のほうが高い酒質になるといわれています。醸造アルコールの添加で、味と香りが数段良くなるためです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.142)

 このフレーズはアルコール添加を是とする側からよく出される主張である。しかし、ここで「高い酒質」と言っているものの実態を把握しておく必要があるだろう。吟醸酒の評価基準には、その発展経緯から、旧・国税庁醸造研究所(現・独立行政法人酒類総合研究所)が主催する全国新酒鑑評会での評価基準が採用されてきた。
 味の面ではアルコール添加によって酸やアミノ酸が薄まり、ソフトで喉越しがすっきりした淡麗な味になることが良いことだとされてきた。また、香りの面でも、酢酸イソアミルやカプロン酸エチルなどの果実様の芳香を発する成分が、水よりもアルコールに溶けやすいことから、アルコール添加により吟醸香が華やかになるとされてきた。この意味での「高い品質」であることを明示すべきだろう。
 さもなくば、日本酒を取り巻くすべての集団の共通合意であると受け取られてしまう。実際のところ、吟醸酒や吟醸造りを批判する一大勢力も存在する。吟醸香を「薬くさいから苦手」の一言で片付けてしまう酒徒もいることは忘れないほうがよい。

 高レベルの“品格”を備えた吟味と吟醸香を出すには、現在の技術ではどうしても醸造アルコールの添加が必要です。アル添ができない純米吟醸は吟味も吟醸香も少なく、酒質(品格)の点で「吟醸」と表示するのは問題がある、と考える蔵がまだ多いのです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.145)

 ここまで明言しているのは「菊姫」くらいだと思う。(他にもいるかな?) なお、ここ数年、全国新酒鑑評会へアルコールを添加しない純米吟醸を出品し、上位入賞している蔵も何軒かある。蝶谷氏のように「純米吟醸は吟醸ではない」などとネチネチと批判するより、これらの蔵の努力をストレートに評価したほうが、日本酒業界のために良いことだと私は思うのだが‥‥ 蝶谷氏はこれを誉めるにしても何か含みのあるというか素直でない文章になるのがアレですね(笑)

 本来の吟醸香はイソブチルとかイソアミルといった高級アルコール成分の香りであり、麹と酵母の協力から生まれるものなのです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.146)

 本来の吟醸香は酢酸イソアミルというエステル(酸とアルコールの化合物)成分の香りである。蝶谷氏くらい酒造場と縁の深い人であれば、吟醸酒の E/A(エステル/アルコール)比という指標をご存知だと思うのだが‥‥ これは酢酸イソアミルの濃度をイソアミルアルコールの濃度で割った比率で、数値が高いほど吟醸香が高いとされるものである。つまり、蝶谷氏とほぼ同じ「高い酒質」観を持つ人々の間では、イソアミルアルコールよりも酢酸イソアミルのほうが吟醸香として望ましい成分であると認識されているのだ。

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2005.02.24

「トンデモな」日本酒本の批判、第12回

 なんとか12回目の、蝶谷初男氏の著書『うまい日本酒に会いたい! そのために知っておきたい100問100答』(ポプラ社、ISBN: 4-591-08389-6、2004年12月発行)の「トンデモ記述」の摘発である。今回は100問100答のうち37問め~39問めの記述が対象で、テーマは「普通酒」「本醸造酒」になる。

 例によって引用部は『うまい日本酒に会いたい!』の記述である。

 「一番搾り」というビールがあります。これは名前のとおり、搾ったとき1番目に出てきたものだけを瓶詰めしたものだと思います
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.129)

 確認せずに思い込みで書いてしまうあたりは蝶谷氏の真骨頂だろうか。自分の専門分野でないのだから、確認してから書けばいいのに‥‥ って、そういう作法が身についていれば、ここまで批判されることはないわけだが。

 キリンビールの「キリン一番搾り生ビール」のページにはこうある。『仕込み工程で原料を糖化し「もろみ」という状態にします。麦汁ろ過機へその「もろみ」を移し、穀皮を除去して清澄な麦汁を取り出します。このとき自然に流れ出る最初の麦汁を「一番搾り麦汁」と言います。キリン一番搾り生ビールは、その「一番搾り麦汁」しか使わないビールです。』

 この文章に補足すると、一番搾り生ビールは、この一番搾り麦汁にビール酵母を添加して醗酵させ、搾って、濾過してから瓶詰めするものである。という訳で、当該個所に続く蝶谷氏の記述は、誤解に基づいてキリンビールを貶す内容となっている。人を呪わば穴ふたつ‥‥(笑)

 現場で“レギュラー”などとも呼ばれている普通酒ですが、だいたいどの蔵でもこの生産量が一番多いと思われます。  どのラベルにも“普通酒”とは書いていないため、我々消費者がひと目で見分けることはできません。  しかし、そんなに難しいものではなく、ラベルの「原材料名」表記を見ればすぐにわかるようになっています。この普通酒には2タイプあり、原材料の内容によって違ってきます。   ① 普通アル添酒   原材料名‥‥米・米麹・醸造アルコール ② 三倍増醸ブレンド酒そこで、次に生酒を濾過します。   原材料名‥‥米・米麹・醸造アルコール、および糖類・酸味料・調味料
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.132)

 あのー、蝶谷センセ、本醸造酒、吟醸酒のラベルにある「原材料名」の表記も、米・米麹・醸造アルコールなんですけど‥‥?! どこが『ラベルの「原材料名」表記を見ればすぐにわかるようになっています』なのでしょうか。

 普通酒の正確な定義は、「特定名称表示のない酒」である。特定名称表示とは、「清酒の製法品質表示基準(国税庁告示)」で定められた、吟醸酒(大吟醸酒・純米吟醸酒・純米大吟醸酒を含む)・純米酒(特別純米酒を含む)・本醸造酒(特別本醸造酒を含む)のことである。要するに、上記の吟醸酒・大吟醸酒・純米吟醸酒・純米大吟醸酒・純米酒・特別純米酒・本醸造酒・特別本醸造酒の表示のない酒のことである。

 本醸造酒は、“本当に醸そうとして造ったお酒”という意味が込められたお酒で、普通酒造りから純米酒造りへの練習台として生まれたお酒なのです
(『うまい日本酒に会いたい!』 pp.134)

 「本醸造」規格を最初に制定した全国本醸造協会(昭和50年発足)も、その前身となる「本造り黄桜」(昭和46年)を生み出した黄桜酒造も、「普通酒造りから純米酒造りへの練習台」などということは言っていない。一方、純米酒の復活は昭和30年代後半であり(有名な「玉乃光」では昭和39年)、蝶谷氏の記述は時系列から見ても矛盾している

 本醸造酒はその生まれた経緯から精米歩合などがきちんと決められています。特に醸造アルコールの添加量は少なく、白米重量の10%以下(95%アルコールの重量で)となっています(実際の一升瓶では、計算上8%以下になります)。
(『うまい日本酒に会いたい!』 pp.135)

 小生やその他の論者が「蝶谷氏の算数能力は小学生以下」と評している原因が、前著にも見られたここにある。「実際の一升瓶では、計算上8%以下」という内容がそれだ。この数字の根拠をつらつら考えると、原酒でアルコール度数が20%程度の本醸造酒を、実際に一升瓶に詰める際には加水してアルコール度数を16%弱に落とすことから2割減になる、という思考過程なのだろう。

 しかし、白米重量もまた、加水により2割減になっているのだから、加水によって比率が変わることはない。添加比率の計算式を考えると、加水により希釈する際には、分母(白米重量)にも分子(醸造アルコール添加量)にも同じ数値(0.8倍)が乗ぜられるのだから、添加比率は不変なのだ。これは小学生レベルの算数である(笑)

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2005.02.20

「トンデモな」日本酒本の批判、第11回

 ようやく11回目の、蝶谷初男氏の著書『うまい日本酒に会いたい! そのために知っておきたい100問100答』(ポプラ社、ISBN: 4-591-08389-6、2004年12月発行)の「トンデモ記述」の摘発である。今回は100問100答のうち33問め~36問めの記述が対象で、テーマは「上槽から出荷管理」になる。

 例によって引用部は『うまい日本酒に会いたい!』の記述である。

 搾りを行う場所を上槽場といい、そこには醪自動圧搾機という搾り機が置かれています。(中略)こうした機械で搾るのは普通酒や本醸造酒、純米酒までで、吟醸酒は別の搾り方をします。  というのも、吟醸酒の醪は他のお酒に比べてまだ溶けていないお米が多く残っていて、醪を機械に入れると粕が詰まってしまい、とても搾ることはできないからです
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.117-118)

 「白露垂珠」「蓬莱泉」「東一」など、吟醸酒を醪自動圧搾機で搾っている蔵はかなりある。大吟醸酒クラスまでやっているところもある。たしかに「醪自動圧搾機で搾るのは、純米酒や本醸造酒まで」で吟醸酒は別の搾り方をする蔵が業界の多数派だが、「吟醸酒は醪自動圧搾機で搾ることはできない」は眉唾ものの記述だ。

 そこで、次に生酒を濾過します。  通常、「炭素濾過」という方法を採り、生酒の中に粉末状の活性炭を入れます。(中略)現場では「炭」と呼び、多くは“キロキロ”といって生酒1klにつき1kg入れ、不要成分を吸着させてしまうのです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.121)

 日本醸造協会から出ている書籍「日本酒用資材Q&A」には、「国税局鑑定官室が集計した火入れ前の活性炭の使用量を表4に示しましたが、メーカーによってかなり差があり、また国税局によっても相当異なっております。平均的には、西の方が多く、東の方は少ない傾向にありますが、メーカー間のバラツキは大きく、使用量は0から1500g/kl以上まで分散しております。」とある。また、その後に「現在の酒造りは、(中略)酒質にもよりますが、火入れ前の活性炭の使用量は西の方では100~200g/kl、東の方では50~150g/kl程度が適量と考えられます」とある(『日本酒用資材Q&A』 pp.112-113)。
 「キロキロ」は以前に流行った“淡麗辛口”タイプの酒をと批判する際に、「この酒はキロキロで濾過してるから‥‥」という具合に使われた言葉である。そのココロは「炭の使いすぎで味が削られすぎ」というものである。一般的な数量ではなく、むしろ「そこまでやったら使いすぎの部類」という数量を指して、人口に膾炙した言葉なのだが‥‥

 融米造りでは米を溶かしたあと搾ってしまいますが、その時、必要なタンパク質なども多少は粕として除去されてしまいます。その上で麹を入れるのですが、これでは麹を使う意味がないのです。規定上、麹を入れないと“清酒”とはいえなくなるからで、言い訳のためだけに使うということでしょう。(中略)融米造りは米がすべて糖化されたところから始まるのですから、実態はビールと同じ単行複醗酵といえるのではないかと思います。
(『うまい日本酒に会いたい!』 pp.124)

 融米造りを貶している人は多数いるが、その中には融米造りを開発した月桂冠が公開している技術情報をマトモに読んだ人はほとんどいないように見える。「亀の尾」を貶すために主旨を完全に捻じ曲げた引用を敢行した蝶谷氏も、おそらくそうだろう。

 月桂冠の杉並孝二氏の論文「新しい原料処理“融米造り”」(「最新 日本の酒米と酒造り」 pp.207-221)によれば「本方法の発酵形式には、従来法における三つのプロセスのうち、蒸米デンプンの溶解反応が違うのみで、糖化プロセスと液化プロセスは従来法と同じように同時に進行するので、清酒醸造の根本的な特徴である並行複発酵形式は何ら変わっていない。」とあり、同社の今安聡氏が日本醸造協会誌に寄稿された論文などと併せて読むと、蝶谷氏の説明は一知半解に過ぎないように見える。

 上記の論文によれば、融米造りでは、白米をミキサーにより粉砕し、液化装置内で液化酵素(α-アミラーゼ)を加えて高温(95~100℃)で液化する。この工程で、お米のデンプンは液化酵素により麦芽糖やデキストリンに分解される(液化)。このようにして液化したものを掛米として、仕込タンク内で麹と水と混合する。仕込タンク内では麹に含まれる糖化酵素(グルコアミラーゼ)により麦芽糖やデキストリンがブドウ糖に分解される(糖化)。実験段階では麹をまったく使用せず、糖化酵素もすべて酵素剤を利用した製造法も試してみたたが、さすがにこれは“清酒”としての風味が劣るため、糖化・醗酵プロセスでは麹を使用している。

 また、上記の論文とは別の情報によると、融米造りでの麹の使用割合は、少しづつ増加しているそうである。ここではお酒の香味を整えるためにも、麹が使われているのだ。麹には液化酵素・糖化酵素を供給するという役割の他、アミノ酸や脂肪を分解する酵素を供給するなどお酒の香味に関わる雑多な成分が含まれており、酵素剤により完全に代替することは不可能なのだ。このように、月桂冠の技術陣は融米造りの開発途上で麹の意義を再確認した上で、融米造りのプラント(“NFSプラント”)の本格稼動の当初から麹を使用している。決して、「言い訳のためだけ」に使っているのではない。

 小生は賞賛するよりも、批判する・貶す際のほうが、その対象を正確に把握した上で論述に遺漏がないか注意すべきだと考えている。しかし、蝶谷氏および多数の日本酒本の著者は、賞賛する場合でも批判する場合でも、印象や伝聞だけに頼った記述を行い、技術資料を参照したり対象者への確認を怠っている。粗悪な酒を槍玉に挙げるのと同程度に、自らの怠惰な態度を反省したほうがいいように思うのだが‥‥

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2005.02.12

「トンデモな」日本酒本の批判、第10回

 ついに10回目の、蝶谷初男氏の著書『うまい日本酒に会いたい! そのために知っておきたい100問100答』(ポプラ社、ISBN: 4-591-08389-6、2004年12月発行)の「トンデモ記述」の摘発である。今回は100問100答のうち26問め~32問めの記述が対象で、テーマは「もと」から「仕込み」「醪(もろみ)」になる。

 生もとでは麹+水+蒸米をもと桶内に入れたとき、山盛りになった蒸米を櫂棒で潰して混ぜる、「山卸」という作業を行います。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.96)

 山卸はもと桶ではなく、半切桶(はんぎりおけ)という盥(たらい)のような桶で行われる。

 テレビか何かで、数人の蔵人が棒を持って桶の中を突ついている風景を見たことがある方もいるのではないでしょうか? あれが山卸という作業です。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.96)

 山卸は、2人が三尺櫂で摺り、1人がへら櫂で物量を攪拌する操作である。「数人がかりで棒をもって突つく」のは、山廃酒母や速醸酒母の荒櫂・二番櫂の操作だろう。前著で世紀の珍説「山卸は、いわば精米歩合を高める作業」を披露した蝶谷氏だけあって、相変らず生もとの操作は判っていないようだ。

◇山廃(やまはい)  現在の生もと系もとを代表するもと。山卸廃止もとの略で、もと桶内の米を櫂棒で潰さず、米が溶けるのを自然のまま待ち、その中から乳酸が生まれるのを待つ方法。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.97)

 また「自然」だ。水麹や荒櫂といった人為的な操作を行って乳酸醗酵を促進しているというのに、この説明は何なのだろう。やはり蝶谷氏は大島氏の同類か?(笑)

 仕込みタンクは約10tの容量のものが多く使われています。これを3t仕込みタンクといいます。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.101)

 t(トン)は重量の単位である。容量(容積)を表すものではない(船舶の排水量表示などを除く)。これは小学生レベルの算数の知識である。酒造場の仕込みタンクは、例外なく税務署による容量検定を受け、前面に全容量と深さ1mm当たり容量を書くことが義務付けられており、タンクの全容量はリットル単位で表記される。つまり、10tではなく「10kl(キロリットル)の容量のものが多く使われている」であるべきだ。

 なぜ3t仕込みなのに10tの容量が必要かというと、仕込んでいるうちに(醗酵が進んでくると)、約3倍の量に増えるからです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.101)

 「質量不変の法則」は中学校レベルの理科の知識のハズだ。ここは重量の単位(トン)ではなく、容量の単位(リットル)で書いてほしい。なお、タンクにこれだけの容量が必要なのは、約3tの米に対して約4tの水を配合する上に、醗酵中に立つ泡を吹きこぼさないためである。泡が出ない酵母(泡なし酵母)を使えば、同じ大きさのタンクで仕込み規模を2~3割ほど大きくすることができる。

 しかし、よく見ると仕込みタンクのひとつひとつに温度センサーが取り付けられ、リアルタイムで操作パネルにデジタル表示されています。徐々に変わる醗酵の温度を、これで管理しているのがわかるのです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.102)

 温度管理が可能なタンク(サーマルタンク)はかなり普及しているが、「リアルタイムで操作パネルにデジタル表示され」るところまで自動制御が進んだ仕込み場のある酒造場は、まだまだ少数だろう

 前々回にも指摘したが、蝶谷氏が明示的あるいは黙示的に書く「ふつう」「一般的」は、時おり、ある酒蔵場でのスタンダードであり業界一般では必ずしも多数派ではないことがよくある。

 造りの作業は、もとを仕込みタンクに移し入れ、そこに麹と蒸米、そしてお水を加えることからはじまります。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.103)

 うーん、ここは「スッポン仕込みの勧め」でしょうか(笑)

 前項の添は第二のもとともいわれ、酵母をさらに増やしてやることが主な目的です。加える麹や蒸米はそれほど多くはありません。はじめから大量の麹や蒸米を入れると、その環境に酵母がついていけず弱ってしまうからです。そこで、添のあとは1日、何もしないままにし、酵母を環境に慣らすことになるのです。これを「踊り」といっています。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.104)

 蝶谷氏の仕込みの説明を通じて、不思議に思うことがある。仕込み水の量と加えるタイミングについてほとんど言及されていないのだ。お酒の8割は水であるというのに、仕込み配合の説明もないし、添・仲・留で仕込み水がどれだけ加えられるのか、一切書かれていない。そのため、説明も中途半端というか要領を得ないものになる。

 蝶谷氏は「はじめから大量の麹や蒸米を入れると、その環境に酵母がついていけず弱ってしまう」と書いているが、厳密には「はじめから大量の水と麹と蒸米を加えると、酵母や酸の濃度が低下して、酵母の増殖が間に合わず野生酵母が繁殖するおそれがある」が正しい。また、「踊り」を「酵母を環境に慣らすこと」と書いているが、これは「酵母の増殖を待つこと」が正しい。段落の最初に自分で書いているのに、なんだかよく判っていないような気がする。

 お酒造りの大きな特長として、お米のデンプンを糖分に変える作業と、その糖分をアルコールに変える作業をひとつのタンク内で同時に行うことが挙げられます。これを「並行複醗酵」と呼んでいます。ふたつのこと=糖化とアルコール醗酵(=複)を、並行して同時進行させるという意味で、世界でも稀に見る醸造方法なのです。。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.109)

 並行複醗酵は支那の黄酒・朝鮮のマッカリ・東南アジア全域にある米酒-伝統的あるいはプリミティブ(原始的)な固体醗酵酒-に共通する醗酵メカニズムで、これ自体は決して高度な技法ではない。穀物を原料とし、糖化剤として麹を使って醸す酒では当たり前なのである。ドブロクだってそうだ。
 日本酒の名誉のために付言しておくと、日本酒の製造方法には並行複醗酵の他に、種麹の利用(種麹屋という職業は、世界に類を見ない)・開放タンクでの優良酵母の純粋培養・高濃度仕込み・三段仕込み・低温醗酵などの特長がある。これらの複合体である日本酒の醗酵メカニズムが、他の酒類に比べて高度で精緻だといえるのだ。
 くどいようだが、並行複醗酵だけなら東アジアでは珍しくない。麹文明圏では当たり前のように行われている。「並行複醗酵は世界でも稀に見る醸造方法」という言辞は、“世界”といえば西洋文明圏しか想定しないトンデモな論説だと思う。

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2005.02.06

「トンデモな」日本酒本の批判、第9回

 これで9回目の、蝶谷初男氏の著書『うまい日本酒に会いたい! そのために知っておきたい100問100答』(ポプラ社、ISBN: 4-591-08389-6、2004年12月発行)の「トンデモ記述」の摘発である。今回は100問100答のうち21問め~25問めの記述が対象で、テーマは「酵母」「もと(酒母)」になる。

 例によって引用部は『うまい日本酒に会いたい!』の記述である。

 酵母は1000分の5mmという小さな小さな単細胞生物で、それぞれに性格があります。現在、お酒造りには9種類の酵母が使われています。  では、それを次に挙げてみましょう。

 K6号酵母‥‥ソフトな酒質向きの酵母
 K7号酵母‥‥「真澄」(長野県諏訪市・宮坂醸造(株))の蔵で(以下略)
 K9号酵母‥‥香りの華やかな吟醸酵母
 K10号酵母‥‥酸が少なく、淡麗な芳香
 K11号酵母‥‥高アルコール(度数の高いアルコール)を生成
 K12号酵母‥‥香りの高い吟醸酒向き
 K13号酵母‥‥キレが良く、芳香も高い
(『うまい日本酒に会いたい!』 pp.84-85)

 K(協会)12号酵母と13号酵母は、すでに日本醸造協会では頒布していない。頒布中止になったのは、本書が出版された平成16年末よりも数年前のことだ。

 K14号酵母‥‥「菊姫酵母」(石川県鶴来町・菊姫(資))と呼ばれる酵母で、酸の生成が少なく、綺麗な味となる。吟醸酒本来の香りを生む酵母。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.85)

 協会14号酵母を「菊姫酵母」と呼んでいるのは、蝶谷氏くらいのものだろう。菊姫(資)で「菊姫酵母」と呼んでいる株は、菊姫の社内で選抜された協会9号の変異株である。一方、金沢国税局鑑定官室が管内(富山・石川・福井の三県)の酒造場から採取し保存してきた複数の菌株の中から選抜されたという経緯をもつ協会14号は、たしかに同じ協会9号の変異株と見られているが、選抜や育成の経緯からみて、菊姫酵母と一致するかどうかは不明である。真相は闇の中‥‥
 また、蝶谷氏は「吟醸酒本来の香りを生む酵母」という説明を協会14号につけているが、日本酒業界の大多数は、この説明を協会9号(熊本酵母)につけるだろう。これは、大多数どころか、約1名を除いて、かもしれない。その1名とは、ここに書くだけ野暮というものだろう(笑)

 K15号酵母‥‥従来とは違ったカプロン酸の非常に高い芳香を発する酵母
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.85)

 芳香を出すのは、カプロン酸とエチルアルコールの化合物(エステル)の、カプロン酸エチルである。

 ところで、蝶谷氏は誰もが使う呼称を協会7号を除いて省略している。協会6号は「新政酵母」、協会9号は「香露酵母」または「熊本酵母」、協会10号は「小川酵母」、協会12号は「浦霞酵母」または「宮城酵母」、協会14号は「金沢酵母」、協会15号は「秋田流・花酵母」という別称があるのだが、バッサリと切り捨てている。蝶谷氏以外の誰も言わないのに、協会14号酵母をわざわざ「菊姫酵母」と書く一方で、分離源の蔵の名前のついた呼称を紹介しないのは何故だろう? もしかして、これで「菊姫」に忠誠を誓ったつもりなのだろうか? 解せない。

 ◇醸造用乳酸  工業的につくられ、醸造規格に適合した乳酸のこと。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.91)

 醸造用乳酸には、醗酵法により作られるものと、合成法により作られるものがある。「工業的につくられ」は後者にのみ合致する。すべてが工業的に作られるわけではない。また、醸造用乳酸の規格は、醸造規格ではなく醸造用資材規格である。

 ◇生もと(きもと) ※ もとは「酉へんに元」  乳酸がもと桶内に 自然に発生するのを待ってから酵母を培養する方法。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.94)

 もと摺りやもと掻き・もと寄せといった操作を行っているのに、「自然に」なのか? 蝶谷氏にも山田陽一氏の名言を贈りたい。「僕は酒を愛し、評論家の書いたいろいろな本も読んだが、どれも皆事実というより雰囲気やロマンチックな幻想に寄りかかって記述されているような気がする。メーカーの広告も嗜好品とはいえ、まともな情報発信というよりもイメージに負っているものがあまりにも多い。そろそろ本当のことがあたりまえに通用するようになってほしい。」(「酒をつくる」p.136)

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2005.02.03

「ノウ(No)学者の流言飛語」

 このところ、蝶谷氏の本の間違い探しが続いている。今回はチト目先を変えて、拙サイトの読者からのお手紙を紹介したい。

 HPの中で、蝶谷初男氏の著作物を取り上げていますが、もう少しこき下ろしてください。ノウ(No)学者の流言飛語にはあきれはてるばかりです。
 以前手紙にて、意見交換をしたことがありますが、まだ業界に口害を撒き散らしているとは情けない限りです。

 「ノウ(No)学者」「流言飛語」「口害」‥‥ うぅん、いずれも言いえて妙だ。これから蝶谷氏のことを「ミスター・流言飛語」あるいは「口害垂れ流し男」と呼ぶことにしよう(爆)

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