「トンデモな」日本酒本の批判、第13回
すでに13回目の、蝶谷初男氏の著書『うまい日本酒に会いたい! そのために知っておきたい100問100答』(ポプラ社、ISBN: 4-591-08389-6、2004年12月発行)の「トンデモ記述」の摘発である。今回は100問100答のうち40問め~42問めの記述が対象で、テーマは「純米酒」「吟醸酒」になる。
例によって引用部は『うまい日本酒に会いたい!』の記述である。
ところで、純米酒の規定は次のとおりです。
●純米酒‥‥白米、米麹、および水を原料として製造された清酒で、香味および色沢が良好なもの(麹米使用割合が15%以上)
純米酒の規定はたったこれだけ。この規定内で作ればラベルに「純米酒」と表記することができます。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.138)
特定名称酒の要件を定めた「清酒の製法品質表示基準を定める件」(国税庁告示)の重要な通則があえて見落とされているような気がする。それは「白米とは、農産物検査法(昭和26年法律第144号)により、3等以上に格付けされた玄米又はこれに相当する玄米を精米したものをいうものとする。」という事項だ。
長年、普通酒だけが幅をきかせていたお酒の世界。我々消費者もそれだけがお酒と思い、甘かろうが辛かろうがその味しか知らなかったわけです。そこに、まるでフルーツのような爽やかな香りと、えも言われぬ味わいを持った吟醸酒が登場しました。初めて飲んだときは、かなりのカルチャーショックを受けたと思います。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.141)
「カルチャーショック」をこういう文脈で使う物書きを初めて見た。一般的には、カルチャーショックとは「異文化に接した時に起こる不安、ストレス」のことを指すのだが、蝶谷氏は吟醸酒に接して精神の平衡状態を失ったのだろうか? また、吟醸酒を一杯飲んだだけで、「吟醸酒文化」の異文化性を認識しえたのだろうか? 文章のプロたるもの、もうちょっと言葉に対する感覚を磨いたほうがいいと思う。
実際には醸造アルコールを添加した吟醸酒のほうが高い酒質になるといわれています。醸造アルコールの添加で、味と香りが数段良くなるためです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.142)
このフレーズはアルコール添加を是とする側からよく出される主張である。しかし、ここで「高い酒質」と言っているものの実態を把握しておく必要があるだろう。吟醸酒の評価基準には、その発展経緯から、旧・国税庁醸造研究所(現・独立行政法人酒類総合研究所)が主催する全国新酒鑑評会での評価基準が採用されてきた。
味の面ではアルコール添加によって酸やアミノ酸が薄まり、ソフトで喉越しがすっきりした淡麗な味になることが良いことだとされてきた。また、香りの面でも、酢酸イソアミルやカプロン酸エチルなどの果実様の芳香を発する成分が、水よりもアルコールに溶けやすいことから、アルコール添加により吟醸香が華やかになるとされてきた。この意味での「高い品質」であることを明示すべきだろう。
さもなくば、日本酒を取り巻くすべての集団の共通合意であると受け取られてしまう。実際のところ、吟醸酒や吟醸造りを批判する一大勢力も存在する。吟醸香を「薬くさいから苦手」の一言で片付けてしまう酒徒もいることは忘れないほうがよい。
高レベルの“品格”を備えた吟味と吟醸香を出すには、現在の技術ではどうしても醸造アルコールの添加が必要です。アル添ができない純米吟醸は吟味も吟醸香も少なく、酒質(品格)の点で「吟醸」と表示するのは問題がある、と考える蔵がまだ多いのです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.145)
ここまで明言しているのは「菊姫」くらいだと思う。(他にもいるかな?) なお、ここ数年、全国新酒鑑評会へアルコールを添加しない純米吟醸を出品し、上位入賞している蔵も何軒かある。蝶谷氏のように「純米吟醸は吟醸ではない」などとネチネチと批判するより、これらの蔵の努力をストレートに評価したほうが、日本酒業界のために良いことだと私は思うのだが‥‥ 蝶谷氏はこれを誉めるにしても何か含みのあるというか素直でない文章になるのがアレですね(笑)
本来の吟醸香はイソブチルとかイソアミルといった高級アルコール成分の香りであり、麹と酵母の協力から生まれるものなのです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.146)
本来の吟醸香は酢酸イソアミルというエステル(酸とアルコールの化合物)成分の香りである。蝶谷氏くらい酒造場と縁の深い人であれば、吟醸酒の E/A(エステル/アルコール)比という指標をご存知だと思うのだが‥‥ これは酢酸イソアミルの濃度をイソアミルアルコールの濃度で割った比率で、数値が高いほど吟醸香が高いとされるものである。つまり、蝶谷氏とほぼ同じ「高い酒質」観を持つ人々の間では、イソアミルアルコールよりも酢酸イソアミルのほうが吟醸香として望ましい成分であると認識されているのだ。
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