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2005.04.19

「トンデモな」日本酒本の批判、第20回

 よーやっと、蝶谷初男氏の著書『うまい日本酒に会いたい! そのために知っておきたい100問100答』(ポプラ社、ISBN: 4-591-08389-6、2004年12月発行)の「トンデモ記述」の摘発の最終回である。今回は100問100答のうち94問め~100問めの記述が対象で、テーマは「総括的な話(の後半部)」だ。

 さて、例によって引用部は『うまい日本酒に会いたい!』の記述である。

 つまり、酵母は常に飢餓状態に置かれているわけです。
 加えて、低温で仕込まれていますから、酵母にとってはかなり過酷な環境となっています。
 そうした状況に酵母を追い込むと、苦しまぎれに通常とは違った香りを出します
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.294)

 最近の生化学的な研究により、酵母が芳香成分を出す代謝メカニズムはほぼ解明されている。それを念頭に置くと、引用した蝶谷氏の説明は、「お父さん、赤ちゃんはどこからきたの?」「あ?え? うーんと、コウノトリが運んできたんだよ(汗)」に匹敵する“子供だまし”だ(笑)。蝶谷センセ、判っていて敢えて呆けているのか、本当は判っていないのか、さてどっちだ?
 ところで、最近の研究成果を元にした判りやすい説明は、大内弘造先生の「なるほど! 吟醸酒づくり - 杜氏さんとはなす」技報堂出版、をお読みください。(大内弘造先生は、きょうかい酵母から泡なし変異種を分離する方法を考案したエライ人です)

 それが吟醸香といわれるものです。イソプチルやイソアミルといった高級アルコール類の香りで、これが本来の吟醸香です。(高級アルコールとは、エチルアルコールよりも炭素数の多いアルコールのこと)
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.294)

 第13回にも書いたが、本来の吟醸香は、酢酸イソアミルというエステル(酸とアルコールの化合物)成分の香りである。イソプチルアルコールやイソアミルアルコールなどの高級アルコールは、従来の(普通酒などの)清酒の香りの源泉であり、多くなると香りが重くなり、多すぎれば異臭と認識される。これらの高級アルコールの混合物を“フーゼル油”といい、焼酎の芳香成分としても知られている。

 お酒を飲んで苦いとか渋いと感じる人は天性の味覚を備えているといってもいいでしょう。このふたつは、まずよほどの訓練を受けた人でないと判断できないものです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.296)

 そんなことはない。最近流行りのカプロン酸エチル高生成酵母で作られた酒をいくつか飲めば、初心者でも苦さを感じることは容易なハズだ

 酒蔵が少なくなっているとはいえまだ1200~1300蔵はあるでしょうから、1蔵で10バリエーションのお酒を作っていたとしても1万2000~1万3000ものお酒があることになります。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.303)

 国税庁鑑定企画官室が2004年11月に公開した、「平成15酒造年度における清酒の製造状況等について」によれば、「平成15酒造年度において清酒を製造した場数は1,463場で、前年度から28場減少しています」である。蝶谷氏のこの書籍の出版は2004年12月であるから、平成15酒造年度の統計が入手できなかったとしても、平成14酒造年度の1,491場という数字は容易に入手できたハズだ。ググれば簡単に判る数字なのに、著者も編集者も調査を怠っている。手抜きもいいところであろう。

 左記の各銘柄もひとつの参考としていただければ幸いです。

◆実銘柄

 ‥‥‥
 ◆士魂[純米酒・大吟醸]
 ‥‥‥

※ 商品によっては名称変更・製造中止・季節商品等となっている場合があります。  
(『うまい日本酒に会いたい!』 pp.311-)

 「士魂」の岩本酒造は数年前から休造しているのだが‥‥ この銘柄リスト、前著「決定版・日本酒がわかる本」の一覧の抜粋だろうか。古い!

 さて、極めつけは「あとがき」にある。

 吟醸酒を含めた地酒に消費者の関心が集まっていますが、身近にありながら、お酒ほど知っているようで知らない、また誤解されているものはないように思います
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.316)

 うん、蝶谷センセを見ていると、ホントにそう思う。

 本書は、私自身、一消費者として抱く素朴な疑問を念頭に、正しいお酒の知識を持ってもらおうと著したものです
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.316)

 お食事中にこの文を読まれた方、どうもスイマセン。噴き出して周囲を汚された人も多かろうと思いますが‥‥(笑)

 少しでもお酒を理解していただき、よりお酒ファンになっていただければ幸いです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.316)

 冗談はよせ‥‥(溜息)

 以上で本書のチェックは終了です。全20回に渡って、拙い批評をお読みいただいた読者の皆様には感謝します。この連載(?)は、いずれ再編集して、本館サイトに公開する予定です。忌憚のないご意見・ご感想をお待ちしております。

 なお、下の画像は、本書のチェック後の惨状である。付箋の多さにご注目(笑)

choya

 本館サイト: http://www.dd.iij4u.or.jp/~kshimz/  E-Mail: kshimz@dd.iij4u.or.jp

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2005.04.09

「トンデモな」日本酒本の批判、第19回

 寄り道しながら19回目の、蝶谷初男氏の著書『うまい日本酒に会いたい! そのために知っておきたい100問100答』(ポプラ社、ISBN: 4-591-08389-6、2004年12月発行)の「トンデモ記述」の摘発である。今回は100問100答のうち78問め~93問めの記述が対象で、テーマは「購入と保存の話」「総括的な話(の前半部)」である。このへんは突っ込みたい記述も多々あるが、事実誤認というよりは見解の相違が多いので、自制した箇所もかなりある。

 例によって引用部は『うまい日本酒に会いたい!』の記述である。

 ワインのように格好をつける必要はありませんが、部屋全体を暗くして、室温を10度前後に保っていれば、酒屋さんとしては最上クラスのお店といえるでしょう。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.255)

 その程度で最上クラスと言ってしまっていいのだろうか? 最近の無濾過生原酒ブームに対応して、リーチインクーラーや低温貯蔵庫で5℃前後に保つ努力をしている酒屋、果ては氷温貯蔵庫を作ってしまった酒屋は何と表現するのだろう。ま、蝶谷氏は生酒も原酒も一過性のブームだと軽視している節があるので、「そこまでやらんでも」、と思っているのかもしれないが‥‥

 半分ほど飲んだお酒を大事にしまっておくと、良いものなら確実に次の日は味が劣っています。あらかじめ小瓶を用意しておき、飲み残したらそれに移し替え、口いっぱいまで入れて栓をして冷蔵庫にしまってください。それでも、せいぜい4~5日程度のものです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 pp.264-265)

 淡麗系のいわゆる「硬い」酒の場合、開栓後2~3日でカドが取れて丸くなり、その状態が数日は継続するものがある。特に、粕歩合が高く酸度の少ない静岡型の酒で多く見られる。そういう酒の旨さも知らない蝶谷氏は、ある意味で可哀想な酒徒である(笑)

 確かに吟醸酒の場合、主成分であるクエン酸が冷やしたときに旨味を発揮するため、冷やして飲むことがポピュラーな方法となります。しかし、純米酒や本醸造酒そして普通酒の場合は、コハク酸や乳酸が主成分で、これはお燗をすると独特の旨味を醸し出してくるのです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.271)

 黒麹や白麹を使っている吟醸酒が存在するのだろうか? 泡盛と間違えてないか、この記述は‥‥ 日本酒には乳酸、コハク酸、リンゴ酸、クエン酸、酢酸などの有機酸が含まれるが、吟醸酒でも純米酒でも本醸造酒でも普通酒でも、ほぼこの記述の順に含有量が多い。吟醸酒だけがクエン酸を主成分とするという珍説は蝶谷氏のこの本以外では見た事がない(7号酵母の酒の場合、有機酸の組成比率は乳酸40%、琥珀酸35%、リンゴ酸15%程度でクエン酸は10%に満たない)。最近ではリンゴ酸の割合が高い「リンゴ酸高生成酵母」が開発され、有機酸の6~8割をリンゴ酸が占める吟醸酒も出ているが、クエン酸が主成分の吟醸酒は見た事も聞いたこともない。捕獲した人はぜひお報せください。

 醸造アルコールは主に砂糖キビを原料として造られたもので、純粋なエチルアルコールです。純度は90~95%(残りは純粋な水)となっています。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.277)

 この文章には突っ込み方が複数考えられるが、ここでは国語能力の面から突っ込むことにする。「純度は90~95%」と書きながら「純粋なエチルアルコールです」と書くのは矛盾している。「純粋」なら「純度は100%(に限りなく近い数値)」であるべきではないのか。
 また、「残りは純粋な水」とあるが、醸造アルコールを純水で割水しているアルコールメーカーがあるのか。そんな高コストなアルコールで酒を増量して意味があるのか‥‥ と厭味三昧(笑)

 ちなみに、純米酒にはわけのわからないクズ米を使ったものもあり、精米歩合が普通酒より悪い酒もあります。特に精米歩合に関しては規定がなくなってしまいました。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.278)

 第13回でも書いたが、特定名称酒の要件を定めた「清酒の製法品質表示基準を定める件」(国税庁告示)の重要な通則が見落とされている。それには「白米とは、農産物検査法(昭和26年法律第144号)により、3等以上に格付けされた玄米又はこれに相当する玄米を精米したものをいうものとする。」という事項があり、「純米酒」にはこの白米を使うことが義務付けられている。「わけのわからないクズ米を使ったもの」は、「純米酒」ではなく「米だけの酒」になるはずだ。

 お酒は搾ったあと濁りを取り濾過されますが、その際、炭素濾過という方法が採られています。お酒に活性炭を入れて不要なものを吸着させて取り除く方法で、1klに対して1kgの活性炭を使います
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.285)

 第11回でも書いたが、日本醸造協会から出ている書籍「日本酒用資材Q&A」には、「国税局鑑定官室が集計した火入れ前の活性炭の使用量を表4に示しましたが、メーカーによってかなり差があり、また国税局によっても相当異なっております。平均的には、西の方が多く、東の方は少ない傾向にありますが、メーカー間のバラツキは大きく、使用量は0から1500g/kl以上まで分散しております。」とある。また、その後に「現在の酒造りは、(中略)酒質にもよりますが、火入れ前の活性炭の使用量は西の方では100~200g/kl、東の方では50~150g/kl程度が適量と考えられます」とある(『日本酒用資材Q&A』 pp.112-113)。
 「1klに対して1kgの活性炭」は一般的な数量ではなく、むしろ「そこまでやったら使いすぎの部類」という数量を指して、人口に膾炙した言葉なのだが‥‥ それを一般論として書いてしまうのはやめて欲しい。

 なお、できのよいお酒での活性炭の使用量は数百グラム程度のものです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.286)

 前述の通り、数百グラムでもまだ多い部類だ。ここまで炭を使わなければならない酒が「できのよいお酒」だとは、到底、信じられないのだが‥‥

 本館サイト: http://www.dd.iij4u.or.jp/~kshimz/  E-Mail: kshimz@dd.iij4u.or.jp

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