「トンデモな」日本酒本の批判、第20回
よーやっと、蝶谷初男氏の著書『うまい日本酒に会いたい! そのために知っておきたい100問100答』(ポプラ社、ISBN: 4-591-08389-6、2004年12月発行)の「トンデモ記述」の摘発の最終回である。今回は100問100答のうち94問め~100問めの記述が対象で、テーマは「総括的な話(の後半部)」だ。
さて、例によって引用部は『うまい日本酒に会いたい!』の記述である。
つまり、酵母は常に飢餓状態に置かれているわけです。
加えて、低温で仕込まれていますから、酵母にとってはかなり過酷な環境となっています。
そうした状況に酵母を追い込むと、苦しまぎれに通常とは違った香りを出します。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.294)
最近の生化学的な研究により、酵母が芳香成分を出す代謝メカニズムはほぼ解明されている。それを念頭に置くと、引用した蝶谷氏の説明は、「お父さん、赤ちゃんはどこからきたの?」「あ?え? うーんと、コウノトリが運んできたんだよ(汗)」に匹敵する“子供だまし”だ(笑)。蝶谷センセ、判っていて敢えて呆けているのか、本当は判っていないのか、さてどっちだ?
ところで、最近の研究成果を元にした判りやすい説明は、大内弘造先生の「なるほど! 吟醸酒づくり - 杜氏さんとはなす」技報堂出版、をお読みください。(大内弘造先生は、きょうかい酵母から泡なし変異種を分離する方法を考案したエライ人です)
それが吟醸香といわれるものです。イソプチルやイソアミルといった高級アルコール類の香りで、これが本来の吟醸香です。(高級アルコールとは、エチルアルコールよりも炭素数の多いアルコールのこと)
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.294)
第13回にも書いたが、本来の吟醸香は、酢酸イソアミルというエステル(酸とアルコールの化合物)成分の香りである。イソプチルアルコールやイソアミルアルコールなどの高級アルコールは、従来の(普通酒などの)清酒の香りの源泉であり、多くなると香りが重くなり、多すぎれば異臭と認識される。これらの高級アルコールの混合物を“フーゼル油”といい、焼酎の芳香成分としても知られている。
お酒を飲んで苦いとか渋いと感じる人は天性の味覚を備えているといってもいいでしょう。このふたつは、まずよほどの訓練を受けた人でないと判断できないものです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.296)
そんなことはない。最近流行りのカプロン酸エチル高生成酵母で作られた酒をいくつか飲めば、初心者でも苦さを感じることは容易なハズだ。
酒蔵が少なくなっているとはいえまだ1200~1300蔵はあるでしょうから、1蔵で10バリエーションのお酒を作っていたとしても1万2000~1万3000ものお酒があることになります。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.303)
国税庁鑑定企画官室が2004年11月に公開した、「平成15酒造年度における清酒の製造状況等について」によれば、「平成15酒造年度において清酒を製造した場数は1,463場で、前年度から28場減少しています」である。蝶谷氏のこの書籍の出版は2004年12月であるから、平成15酒造年度の統計が入手できなかったとしても、平成14酒造年度の1,491場という数字は容易に入手できたハズだ。ググれば簡単に判る数字なのに、著者も編集者も調査を怠っている。手抜きもいいところであろう。
左記の各銘柄もひとつの参考としていただければ幸いです。
◆実銘柄
‥‥‥
◆士魂[純米酒・大吟醸]
‥‥‥
※ 商品によっては名称変更・製造中止・季節商品等となっている場合があります。
(『うまい日本酒に会いたい!』 pp.311-)
「士魂」の岩本酒造は数年前から休造しているのだが‥‥ この銘柄リスト、前著「決定版・日本酒がわかる本」の一覧の抜粋だろうか。古い!
さて、極めつけは「あとがき」にある。
吟醸酒を含めた地酒に消費者の関心が集まっていますが、身近にありながら、お酒ほど知っているようで知らない、また誤解されているものはないように思います。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.316)
うん、蝶谷センセを見ていると、ホントにそう思う。
本書は、私自身、一消費者として抱く素朴な疑問を念頭に、正しいお酒の知識を持ってもらおうと著したものです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.316)
お食事中にこの文を読まれた方、どうもスイマセン。噴き出して周囲を汚された人も多かろうと思いますが‥‥(笑)
少しでもお酒を理解していただき、よりお酒ファンになっていただければ幸いです。
(『うまい日本酒に会いたい!』 p.316)
冗談はよせ‥‥(溜息)
以上で本書のチェックは終了です。全20回に渡って、拙い批評をお読みいただいた読者の皆様には感謝します。この連載(?)は、いずれ再編集して、本館サイトに公開する予定です。忌憚のないご意見・ご感想をお待ちしております。
なお、下の画像は、本書のチェック後の惨状である。付箋の多さにご注目(笑)
本館サイト: http://www.dd.iij4u.or.jp/~kshimz/ E-Mail: kshimz@dd.iij4u.or.jp
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
最近のコメント