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2007.03.10

「増醸酒」の研究(その2)

 「増醸酒の製造が日本国内で認められたのは、第二次世界大戦後の最中のこと」と誤解している人が結構いるが、実際には終戦後の昭和24年からである。試験的な製造はその1・2年前から行われていたが、公に製造が解禁されたのは戦後4年経ってからなのだ。このへんの経緯を、日本醸造協会【編】、「増補改訂 清酒製造技術 (第8版)」日本醸造協会(1998年4月発行)の p.430 から抜書きしてみる。

 第二次世界大戦中の米穀事情の悪化により昭和17(1942)酒造年度から原料としてアルコールの使用を認めた。また、昭和24(1949)酒造年度からはアルコールに加えてブドウ糖や水あめの使用も認められた。この製造法によると固有の清酒に比べて製成数量を3倍にすることができるので、三倍増醸法とよばれる。  米穀の大巾な不足によって、清酒の需給が緊迫していた時代を救った産物でもある。

 それでは、平成18年5月1日の 酒税法 改正 前の規定に沿って、酒造場の酒造計画をシミュレーションしてみよう。昭和48年(1973年)以降、「酒税法及び酒類行政関係法令等解釈通達」に以下のような承認基準が定められていた。

1. 酒造場全体で使用できるアルコールの限度は、白米 1トン当たり 100%アルコール(純アルコールともいう)換算で 280リットル

2. 増醸酒に使える白米は、酒造年度内に酒造場で使用する総白米の 23%以下

3. 増醸酒の1仕込みに用いるアルコールは、白米 1トン当たり30%アルコール換算で 2,400リットル(100%アルコールで720リットル)

4. 増醸酒の1仕込みに用いるアルコールおよび糖などの副原料の合計重量が、原料白米の重量を越えない

 年間100トンの白米(精米後の米)を使用する酒造場を想定して、この承認基準から製造数量(造石高)を試算すると以下のようになる。

1. 純米酒だけを造る場合。平成16酒造年度の全国平均では、100トンの白米から 38,947リットルの100%アルコールを製成できる。アルコール分16度で換算すると、243,416リットル(=1,352石)の純米酒になる。

2. 普通アルコール添加酒だけを造る場合。まず、平成16酒造年度の全国平均では、100トンの白米から 35,729リットルの100%アルコールを製成できる。この酒造場は、280リットル×100トン=28,000リットルの醸造アルコール(100%アルコール)を添加できるので、合計 63,729リットルの100%アルコールとなる。これをアルコール分16度で換算すると、398,306リットル(=2,213石)の普通アル添酒となる。

3. 増醸酒を限度いっぱい造る場合。平成16酒造年度の全国平均では、23トン(=100トン×23%)の白米から 8,993リットルの100%アルコールを生成できる。これに添加できる醸造アルコールは 16,560リットル(=720リットル×23トン)なので、増醸酒に含まれる100%アルコールは 25,553リットルとなる。これをアルコール分16度で換算すると、159,706リットル(=887石)の増醸酒となる。増醸酒を造ったあと、この酒造場には 77トンの白米と 11,440リットルの100%アルコールが残る。この100%アルコールを白米 1トン当たり 280リットルの割合で添加した普通アルコール添加酒を造ると、その白米使用量は約 41トン(=11,440リットル/280リットル)となる。これで醸造アルコールを使い切ってしまうから、最後に残った約 36トンの白米は純米酒にする。この場合、増醸酒が 159,706リットル(=887石)・普通アルコール添加酒が 163,305リットル(=907石)・純米酒が 87,630リットル(=487石)となり製造量の合計は2,281石となる。

 このように、酒造場単位で見ると、純米酒だけを造る場合に比べて、同じ量の米から 1.69 倍の酒を製造することができたのである。なお、昭和48年以前には、もっと多くの醸造アルコールの使用が認められていたため、さらに多くのお酒を造ることができた。戦後の米不足の時代には、増醸法は酒を増産するために有効な手段だったことが判る。

 しかし、米が余るようになった1970年代以降も、増醸法が残ったのはなぜだろう?
(その3へ続く)

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